本文へスキップ


こころの相談室

過干渉 



必要以上の干渉を加えること。モラルハラスメント、虐待の一種。語感の似る過保護とよく混同されるが、別のものである。

概要

文字通り、他者に干渉しすぎて対象者の精神を疲弊させる事を指す言葉であり、現在この語が主に使用される場面は親子間など「保護者と被保護者」の間に発生する問題に関する場合であるため、本項ではこの「保護者と被保護者間」での過干渉について述べる。

混同されがちな過保護との違いだが、過干渉は、保護者が対象者を一人の主体的な人間として認めず、その子供の意思や思考、自我の発達や自主性などを否定して、操り人形のごとく親の意のままにコントロールしようとすることを意味するのに対して、過保護は、子供の意思が尊重されすぎ過剰に欲求を満たそうとしたり、被保護者自身に責任のある状況下で責任を肩代わりし過ぎてしまうことを意味する。

過干渉する親は、自己の確立と将来の自立のために必須である自己主張や感情表現、思春期における異性や恋愛への興味や接触、被保護者の世代の文化や娯楽を一方的に批判・禁止したり、趣味や興味の対象、志望校や将来の職業選択など対象者の思考、その他を否定・禁止して、自分の価値観を無理やり押し付けたり、特に問題行動や不審な点などの理由がないにもかかわらず『しつけ』や『親の監督責任』などと称して対象者の行動に目を光らせ、対象者のプライバシーを暴いて叱責したりして、対象者を精神的にがんじがらめにする。なおプライバシーは、家族間でもこれをみだりに暴くことに関しては個人の尊厳に基づく人権の侵害とみなされる場合がある。

なお後述するように、思春期や反抗期など自我の発達する段階では、しばしば他者の干渉に不快感をおぼえる傾向もあるが、保護者は被保護者に対して監督責任があり、被保護者の行動が社会的にみて不適切な場合は、これを調べて行動を阻むことも家庭教育の範疇では当然の行為であろう。しかし過干渉という場合には、社会通念上で容認できる範疇を逸脱して、または『監督責任』の意味あいを履き違えて被保護者の思考や行動を全般にわたってコントロールしようとする傾向と解される。

構造

過干渉する親たちは「対象者を心配し、幸せになることを望んだ愛情からの躾」であるとしたがるが、実際には対象者が一つの人格を持った人間である事を認めることができず、『対象者は親の所有物である』といった観点で自らの価値観や好み、思考を一方的に押し付けて支配下に置きたがる親のエゴが見い出される。

また夫婦間の不仲などの日々の不満の捌け口として、対象者が活き活きと幼児期・思春期・青春時代を過ごし人生を謳歌することに対して嫉妬や怒りを抱き、対象者が外の世界や人や恋愛等に興味を持ち親の支配下から離れるのを許さない、抑圧して自分よりも弱い立場の人間を家族内に作り出して置きたい、永遠に支配下に置いて将来の介護要員として家に縛り付けておきたい、といった非常に屈折した心理が見出されることもある。

過干渉の問題では、対象者は親から条件付の愛情しか与えられず、保護者によっては「躾の一環」として対象者者の交遊関係にまで強引に介入(干渉)しようとすることもあるため、対象者は、親の逐一の批判や干渉が煩わしく、ストレスや罪悪感を覚え過大なエネルギーを消耗するため、対人関係そのものをおっくうに思うようにもなる。

また、幼児期から、自我を見せるごとに批判・抑圧されてばかりいるため、自己肯定感が低くなったり、自発的な行動に恐怖感を抱いたり、他者と対等に接する事や自己主張・感情表現に恐れや罪悪感を持って常に遠慮するといった人間に成長するので、周囲から孤立するようになり、他者からイジメの対象にもされやすくなる。その結果として、コミュニケーション能力、同世代との対等な友人関係、自主性といったものが育まれることなく成長せざるを得ず、思春期に差し掛かるあたりから何らかの問題が起きてくる事が多いと考えられている。

日本においては『母原病』(1979年)などの言葉も出ているが、少子化の陰で子供一人当たりが親に影響される時間の延長から、より生活の細々したことに対する注文が出やすくもなり、当人の自主性よりも親の意向が優先される傾向も見られる。その根となる部分には保護者側が被保護者の存在に依存している部分があり、いわゆる子離れのできない保護者像も同問題に絡んで指摘される。

過干渉による問題では、干渉による支配には内心で疑問を持ちながらもこれに従わざるを得ない(『従う事』以外の選択肢は与えられていない)子の葛藤や、親に「欲望を持つ事は悪い事である。または生意気である」と幼児期からマインドコントロールされて来たために、親に伺いを立てないと自身の行動計画が立てられなくなっている場合などがある。その意味では、むしろモラトリアム期間に適度な発憤行動が見られる方が健全と言える。

問題点

被支配が過度におよんで自我が充分に養われていない対象者は、まず自分自身によって行動計画を立てられなくなっていたり、批判・抑圧ばかりされてきて自己肯定感が低いために自分が人並みの幸せや快楽(友達や恋人を作ること、趣味を持ったり買い物をしたりするという基本的な欲求)を望む事にすら罪悪感を持ってしまったり、また興味を失ってしまっていたりし、自身の人生設計を立てられなくなり人生を立ち止まらざるをえなくなる。

また、自我が形成されていく段階において、同世代の人間との交遊や恋愛といった経験からコミュニケーション能力、対人関係を構築していく術、社会性などを学ぶ機会が無いまま思春期や青春時代を過ごして大人になってしまうため、成人しても社会に順応する事が出来ず、社会から取り残されてしまったりもする。

この問題に際しては、保護者側に対しては過干渉は心理的な虐待だと一刻も早く自覚させる事が必要と考えられ、同時に対象者に対しては「自分の人生は自分自身のものである」といった世間的にはごく当たり前の事に気づかせ、回復のための取り組みが必要と考えられる。

もっとも、過干渉をする保護者は家庭内教育やしつけの方針に関して強い自信(ポリシー)を持っている場合がほとんどであり、対象者や第三者からの意見を素直に受け入れるような保護者であれば始めから過干渉をすることもないと考えられる。そのため、対象者が過度の抑圧や干渉による精神的ストレスを何十年分も溜め込んだまま(気晴らしする事にまで罪悪感を持ってしまうように幼児期から長年に亘って抑圧されてきたため)成人して社会に順応出来なくなっている対象者の姿を見るまで、自らの教育の間違いに気付かないケースが大半を占める。



専門的な回復方法はこちら



前のページに戻る


 
精神病専門無料相談ができます
ご自身に最も適応した回復方法をアドバイスさせていただきますので気軽に問い合わせ相談ください。

プライバシーを守りたい方は匿名での相談も可能です
 

 こころの病気無料相談